「ぱふ」に載った『緋色い剣』ヨイショ 2013/9/10
ここは、タイトルにあるように、2006~10の記事を載せることにしています。しかし、ものすごく主張したいので、2013年の記事だけどここ、トップに近いところに載せておきます。
↑こちらは講談社版で、以下のヨイショではSG版をさしています。7巻本と10巻本、巻末の番外編に違いがあります。
「ぱふ」に載った『緋色い剣』ヨイショ
DATE: 09/10/2013 05:29:01
PRIMARY CATEGORY: マンガ
雑草社の「まんが情報誌 ぱふ」では、「コミックスレビュー」のページでかつては読者からの投稿も受け付けており、私も何回か載ったことがある。それらのコピーが手元でだいぶ汚れてしみだらけになっているので処分したい。この際ここにも移してしまおう。
『緋色い剣』6巻
「北欧を舞台に描く神々の抗争と血の宿命!!」の物語も第二部が佳境。半ば歴史冒険活劇、半ば神話ファンタジー、その他、父子対立ホームドラマ、倒錯愛憎劇、純愛ロマンス、よこしまもあり、実に多彩、かつムダなく、緊迫感充分。本誌ではいよいよ最終部に突入。あずみ椋版「神々の黄昏」はワーグナーをもしのぐと確信する。
『緋色い剣』8巻
毎号、毎巻、手にしページをくるたび、隅々にまでみなぎる作者の気迫に圧倒される。巻末の描きおろし番外編『断片』は、ロキの独白と回想。オーディンの裁きにより鎖につながれ苛まれるロキ。オーディンの幻にその様を見つめられる屈辱に、
反逆の言葉を吐きながら、彼はまさしく身も心もオーディンに支配されている。狂気のような憎悪の底では、ふみにじられた愛が血を流す。ロキの行く末には既に破局が約束されているが、彼の心がなんらかの救いを得てほしいと切に願わずにいられない。
『緋色い剣』10巻
己の運命に挑むため、異界アスガルドへ赴いたリュー。その世界に、アース神と巨人族の決戦の時、「神々の黄昏(ラグナロク)」がついに訪れた。
犯した罪ゆえに不吉な予言を怖れていたリューの父は、予言の成就のまえに息子との和解を果たす。一方、巨人族出のアース、ロキは、自らもたらした滅びの光景の前で、彼の愛し憎んだ神々の王と共に、不思議に静謐な最後の宴に酔う。約束されていた破局の中で、彼らの心は確かに浄化された。
そしてリューは、愛する女の待つ人間界への帰還を賭けて戦場へと臨む。「感謝する。おれの剣に、おれの力に、そしておれが生まれてきたことに」ーー晴れやかな言葉が、彼の強運を確信させる。
北の果ての国に伝わる神々と戦士たちの物語。その世界から紡ぎ出された長い冒険譚が終わった。入魂の大作の誕生とみごとな終焉に、リューと共に感謝を捧げよう。
『ミステリオン』1巻
あとがきに曰く、「キリスト教一辺倒のヨーロッパ世界にしぶとく生き残った異教、異端。それが魔術だったり錬金術だったちするわけですが」「権威に対する反骨精神にオカルト的面白さがあいまってちょっとわくわくします。」
幕開けは19世紀末。一介の船乗りのはずだったレオンは、謎の男爵ヴォルフの接近、人ならぬ力を秘めた少女ラピスの出現により、自分の正体を疑い始めた。己の過去を探り求める彼の前に、ついに引き出された400年まえの記憶とはーー?
あずみ椋の代表作『緋色い剣』は、ヴァイキング時代の北欧と、キリスト教に追われた神々の世界とを絡めている。ここでもテーマは自我と反逆であった。背景は変わっても作家の根底にある一貫性は、読者にとって嬉しいものだが、無論この新シリーズは初めての読み手にも充分開かれている。
やがて始まる第2部は15世紀ドイツに戻る。多彩な展開に期待しよう。
『ミステリオン』2巻
情熱は諸刃の剣である。愛も知恵も、意志も向上心も、時として人を破壊へと導く。<br>
15世紀ドイツ、錬金術師レオンは、不老の身を得て、人造生命(ホムンクルス)づくりの研究にいそしむ。だが、彼の過激さは秘密結社「薔薇十字団」でも浮いたものとなりつつあり、そこへ異端審問官の追っ手が迫る。神の領域にまで踏みこむレオンに畏れを感じた妻ソフィアは、彼の魂の救済のため、ある行動に出た。
あずみ椋は、反逆する貪欲な人物像をよく描く。怖れ知らずのレオンと、その心の激流が押し流したソフィアは、かのファウストとグレートヒェンを思わせる。しかもレオンは、誘惑者(メフィスト)もなしに突っ走り始め、本来穏健な同志のヴォルフにまであとを追わせてしまった。しかし彼のハタ迷惑ぶりはまだ終わらない。レオンの遺産を否応なしに継がされてしまう息子もいる。彼がどのように闇へとひきいれられるか、次巻の見どころである。
以上、「ぱふ」より。
入手方法についてはサイトを参照。
以下は、BL耐性のある人だけお読みください。「JUNE」の「コミックぐぁいど」に載ったぶん。3回ぶん。
掲載誌のマイナーさのせいか、有名とはいえず、しかし一読に値するのが、あずみ椋の『緋色い剣(あかいつるぎ)』!北欧神話やヴァイキングを扱った壮大な物語で、全体としてはノーマルなだけに、屈折、倒錯の側面がいっそう味わい深いのです。
ここでとりあげるのは副主人公のロキ。アース神族の宿敵である巨人族は、美女は時々いても男は醜いと決まっているのに、なぜかこのロキだけ美しい。彼はアースの老王オーディンを愛し、義兄弟の契を結びアースに加わる。「気まぐれと毒舌と狡智」で神々に白い目を向けられ、巨人たちに裏切り者よばわりされながらも、己の「血の卑しさ」に苦しみながらも、オーディンの「信頼」だけを望みに仕えようとする。しかし次第にふくらんでゆく疑惑と不安。ついに己をさらけ出して真意を問うロキ、あなたにとっておれは何だ!?と。しかし答は残酷だった。(ここは伏せておきます。神話ファンの私も意表をつかれました)ーー愛は憎しみに変わる。アースと決別、オーディンに復讐を宣するロキ、その微笑と涙にこめられた想いは凄まじくも哀れだ。この先、破局が待つ中を物語はいかに展開することか、期待しつつも胸がつまる。
* * *
気鋭の創作集団「作画グループ」名物の合作の中でも最大のシリーズ『ヘレヌスのロビン』。『炎の戦士』はその第2部。
前編『炎の伝説』は、:小国ベレヌスの領主の次男ロビン(志水圭)は、大国マーグメルドのフレドリカ姫
さとうひとみ)と恋におきつが、姫は魔女にさらわれてしまい、ロビンは、幼なじみの無二の友ヘルギ(あずみ椋)と共に救出に赴く。
第2部は、ロビンの兄ハロルド(神坂智子)が野心を抱き、復活した魔女の力を借りて、マーグメルドに手をのばす。姫のため正義のため、立ち上がるロビン。しかしその行手には、死んだはずのヘルギが! 死霊として蘇った彼は、魔女と契約し、その刺客となっていたのだった。魔女を殺せばヘルギも死ぬ・・・・・・苦しむロビン。一方ヘルギは、生への執着から自分で始末がつけられず、ロビンに殺してもらおうと、悪行を重ねるーー。
わりに少年まんが的なノリのファンタジー活劇ですが、「了と明みたい」「シュラトとガイだ」と言われるロビンとヘルギの仲は、いくらでもよこしま読み可。作者たちも、パロ部分ではその気であそんでいらっしゃるし。ほかのキャラは、聖悠紀、速水翼、志島銀、なかがわとむ等が描いてます。一読の価値ありです。
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(『緋色い剣』完結後に再度投稿したぶん)
予言されていた運命の時、神々と巨人族の決戦の火蓋は切られた。そのきっかけを作ったのはロキ。かつてオーディンへの想いから巨人族を裏切ってこの神々の王の義兄弟となり、そしてオーティンへの憎しみから神々を裏切り、巨人族を指揮して陣頭に立つ。
激戦の中、ロキは血を流しながら、オーディンと決着をつけるべくヴァルハラ城へ向かう。そこで目にしたのは、滅びの光景を前に、瀕死の重傷を負いながらも従容たる神々の王の姿。炎に巻かれたヴァルハラで、二人は最後の盃を合わせるのだった。
激情の果ての静けさ、喧騒をよそに流れるふしぎな透明感ーーこの二人のクライマックスには、かのダナ・バーンを思わせるものがあります。このカタルシスに至るまでにどのような葛藤を経てきたのか、ぜひ各自でご覧ください、決して損はありません。
注:この話の主人公はノーマルです。しかし、副主人公ロキのアブなさはBELNEさんのおスミつきです。
サカクモ、寅彦 10/12/30
DATE: 12/30/2010 05:15:59
PRIMARY CATEGORY: 本
いま読んでいるのは、予定どおり、『坂の上の雲』と『寺田寅彦随筆集』。
前者は、もう後半にはいったが、正岡子規が3巻で死んで、あとは日露戦争に突入して、大半戦争ばなしなのでいささか閉口する。列強の思惑とか、ロシアが圧迫してきたポーランドやフィンランドの勢力を煽る裏工作は中々興味深い。つくづく、ロシアも恨まれてるよなぁと感じる。大国が恨まれずにすむはずもないとはいえ。
寺田寅彦という名前に関して印象づいたのは、『エッダとサガ』、『緋色い剣』にハマれば多くの人が手にする本が最初だったはず。イントロで、サガの合戦描写に平家物語を連想したという寅彦の随筆が引用してあった。私も『緋色い剣』のチャンバラ場面で、わ~壇ノ浦みたい~という感想を持ったので、自分の感性に自信を持つとともに、寺田寅彦という人物に親しみを感じたのである。 なお、上記の引用は、岩波文庫5巻本の1巻の『春寒』である。
『一つの思考実験』で、人の心の不安は新聞のいらん情報でつくられてることが多いので、日刊新聞なんてなくしてしまったらどうだろう、すぐに知らなければならないことなんてごくわずかしかないものだし、必要な人々は別に情報入手手段を得るだろうし、云々という意味のことが提案されている。
これは大正のことであるが、いまは、ネットがそれに当たるだろうか。携帯電話で伝えられている内容も9割がたどうでもいいものであろうと、偏見まじりに私はなんとなく思う。
ところでこの岩波文庫本は、カバーが木下杢太郎の絵だ。伊東で記念館に行ったことがある。 なぜこの人の絵なのだろう。寺田寅彦の名とこれと一緒に検索しても手掛かりはない。編集した小宮豊隆と並べると、某文学全集で「阿部次郎 小宮豊隆 木下杢太郎」でまとめた本が出てきた。ドイツ文学者ということでいっしょにしてあるのか。(ドイツロマン派でフケーとシャミッソーがフランス系だからと同じ巻にしてあるようなものか) 小宮と木下に交友があったかいまのところ知らんけど。
先日図書館で借りてきたぶん、
『マリー・アントワネット物語 上』by藤本ひとみ 『北欧悲史 悲劇の国王、女王、王妃の物語』 『リトアニア 小国はいかに生き抜いたか』
王と王妃、美女たち 10/12/28
DATE: 12/28/2010 05:59:35
PRIMARY CATEGORY: 歴史
歴史に絡んだ本を読んだ場合、フィクションの枠ならば「本」カテゴリーで、ノンフィクションは「歴史」カテに入れている。
まとめて2冊ぶん+アルファ。
ウェブ連載の単行本化。私はメアリ・スチュアートの章しか読んでなかったので、まとまって嬉しい。
メアリ・スチュアート、マルガリータ・テレサ、イワン雷帝、ゾフィア・ドロテア、アン・ブーリン。
この中で、波乱万丈ぶりの最も激しいのはメアリに対して、平穏なのがマルガリータだろう。本人は平凡だけどベラスケスの絵画の中で有名だ。有名な作品は子供だからまだいいけど、大きくなって顔が長くなってあのいかにものハプスブルク顔になってからははっきり言って見苦しい・・・と思うのだけど、そんなことは本人の幸せとは関係ないだろうな。
イワンの6人目の妻の不貞(冤罪?)のあと、7人目の妃について言及するまえに、
「その前に、実はもうひとり妃がいたとの説もある。新床で処女でなかったとわかり、即、死刑。よって数のうちにカウントされなかった由。 ワシリーサに続き、またもイワンは夫としてまた男としても「名誉を踏みにじられ」、「気の毒」、と同情する後世の男性歴史家がいたのには驚いた」という記述は、著者に対して同性どうしの親愛の情を覚える(「女性の視点」という言葉を安易にふりかざすことは嫌いだが)。 7,8回結婚してだれも幸せになってないって、ヘンリー8世よりもすごい数だ。
ジョージ1世妃ゾフィア・ドロテア、不貞のかどで幽閉されたまま死んだ彼女の呪いでジョージが急死したというのは伝説だとこの本では書かれていて、私も実のところはなにか報いくらいあってほしいと思う一般人の一人であるけど、こういう冷静さがこの本の良いところだとも思う。 この人々の話は映画などになっていないのだろうか。 つくづくジョージ1世ってヤな奴だと思った。
『美女たちの西洋美術史 肖像画は語る』by木村泰司 光文社新書
先月の新刊。
中世末期から20世紀まで、西洋史上の有名人の主として美女の肖像を観察しながらの歴史語り本。傾向としては『名画で読み解く~』に近いもの。
断片的に。
・ティツィアーノのイザベッラ・デステ、意志の強そうなまなざしで、いかにも才女という感じ。
・シャルル7世の寵姫アニエス・ソレルを描いた『ムランの聖母子』はひじょ~に気持ち悪い! 背景の朱色の天使群が不気味。そして、両の乳房がこんなに離れているのは人間の体として不自然極まりないのではないのか。
・『狩の女神のディアーヌ』といい、『ガブリエル・デストレとその姉妹ヴォヤール公爵夫人とみなされる肖像』といい、(同じ「フォンテンヌブロー派の画家」の作品だけど)なんでこんなに寸胴なんだろう、こんなのが時代の好みか。現代人の「ボン・キュッ・ボン」とは程遠い・・・。
・ナティエの絵で見ると、王女アデライードやヴィクトワールは父ルイ15世に似て美しい。『ベルばら』では根性悪のばーさんになってしまってるけど。ロココ絵画は、リアルさがほどほどで、色調がソフトで受け入れやすい。
・シシィの絵が特に有名なヴィンターハルターは、モデルを表面的に美化するだけで内面まで映さないとして美術史上の評価が低いという、そう言われればなるほどと思う。でも、このうつくしさはやはり捨てがたいと私は思うね。
以下、『ハムレットは太っていた!』で興味をひいた部分の引用。
・ルネサンス演劇では、デンマーク人は、「骨太デンマーク人」だの「息切れデンマーク人」だのと呼ばれていて、太っているとされていた。当時デンマークは、酒呑みと大食で知られていたのだ。
「当時、むずかしい仕事といえば、すぐヘラクレスの十二の功業が連想された。
「ヘラクレスのようになる、ということは、完全無欠な男になるということであった。ルネサンスの理想的男性像は、肉体的強さと精神的強さを兼ね備えたヘラクレスとしてイメージされることが多かったからである。
以上、いつかタネにするつもりだったけどその機会を見つけられなかった。年内に投下をすませてしまう。 しかしなぁ、ローマ史から言えば、ヘラクレスといって連想するのはアントニウスとコモドゥスなんで、どうもバカのイメージになってしまう~。
しばらくファルコにごぶさた 10/12/26
DATE: 12/26/2010 07:05:18
PRIMARY CATEGORY: ローマ
アマゾンで、Caesar und Calpurniaを買ったので、ローマ本の宣伝がたびたび来る。
Mord im Atrium
Lindsey Davis
リンゼイ・デイヴィスということは、『ファルコ』なのか? 来年1月の発売。訳すると『アトリウムの殺人』、これは邦訳されてないぶんだろうか。ドイツでもこのシリーズが出ていることには驚きもしないが。--Colleen McCullough のAntony and Cleopatraの独訳はどうやらまだ出ていない様子。
ファルコの邦訳がしばらく出てないぞ~。
あずみ椋版旧約聖書Ⅲ 2010/12/24
DATE: 12/24/2010 14:10:47
PRIMARY CATEGORY: マンガ
ついに完結、聖書マンガの最高傑作(断言)。
アマゾンで肩肘はって書いたので、こちらでは気楽に断片的に。
預言者ヨナが、神の命令を受けたけど中々従いたくなくて逃げて魚に呑まれたりしながら役目を果たし、でも納得できないものがあったりしてだんだんに心からしたがっていく過程は人間味があって説得力を感じた。
愛していたのに不実をはたらいて逃げた妻ゴメルに苦しむホセア、それを許すように説得する神には、(図々しい言い草だが)いいとこあるじゃねーか、という実感だった(このヤーヴェって相当に横暴なこともすると私は思ってるので)。旧約の神を「忍耐の神」と解釈していたのは三浦綾子さんだったろうか。気がゆるむとすぐ心がけ悪くなる民に対しての神の嘆きと、夫ホセアの苦悩が重ねられているのはたいへん理解しやすかった。
唯一神の側からは邪神とされるバアル、ブレヒトの作品でも出てきた名前だ。私はキリスト教側に立っているわけではないけど、それでも、なんとなく怪しいイメージはある。彼らの側にもいいぶんはあるだろう。
バビロニアの名高いイシュタル門、あのインパクトのある青はベルリンのペルガモン博物館の目玉のひとつ(私も見た)。きっと、あの世界もまた魅力的なのに違いない。ペルシャザルと炎の文字のエピソードはハイネの詩でもあったっけ。
旧約聖書の面白さは、エジプトやらバビロニアやら、ユダヤの敵側の存在の大きさにも依っているのではなかろうか。西欧とは別のエキゾチシズムを感じる。
ああそれにしても、置いてある書店がめったにないことが痛い。
上に、「アマゾンで」と書いた。ほんとは、あちらへ投稿してからここでと思っていた、しかしアマゾンに中々出てこないので問い合わせ、取り扱い未定で検討中と返事が来てその数日後にやっと「予約受付中」になった(回答を迅速によこしたことはよろしい)。
諸外国でも翻訳されているという。ノルウェーでも出たそうだ。 どうせなら、このマンガ家はオーラヴ・トリュグヴァソンも描いたんだって! ハラルド美髪王も出したんだって! わっ読みたい!ーーという動きになってもらいたいのだが。
バターの発明、パスタのうまさ 10/12/21
DATE: 12/21/2010 14:41:37
PRIMARY CATEGORY: 地理
私は生まれつきバターが好きらしい。赤ん坊のころ、ベビーベッドから抜け出して、台所の戸棚の中のバターを自分で発見してなめていたことがあるそうだ。
ドイツの知人が、フランス製のバターを送って下さったので、ちびちびと使っている。「まる子」ならば花が飛びかいそうな美味である。もっとも、カロリーの問題があるのでそうやたらと使えるものではないのだった。
フランス文学者の鹿島茂氏の『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)によると、マーガリンは19世紀にフランスで発明された。ナポレオン三世がバターに代わる安価な食品の発明を呼びかけて、薬剤師が考案した人造バターだということだ。しかし、おいしいバターになれたフランス人には売れず、「微妙な味にはこだわらないイギリス、オランダなどからは商談が相次いだ」、そしてアメリカで大量生産されるようになって、日本に入ってきたーーそうだ。フランスでウケずにイギリス、オランダというのがたいへん笑える。 ・・・ま、私も別に繊細な舌を誇るわけではなく、通常は並みのマーガリンでいっこうにかまわないのだが。
味の話ついでに。
PCをたちあげたときに出てくるニュースの画面、話題として、イタリアのパスタに関して出ていた。イタリアといえばグルメの本場だけど、現地で食べたパスタがおいしくないことが実はけっこうあるらしいというので、記者が確かめに行ったそうだ。その結果、あちこちで食べたが、パスタは日本よりもまずかった、調理の仕方がザツで、日本のほうが繊細である。しかしほかの食べ物は美味い、特にピッツァは絶品ーーという内容だった。(ところで、「パスタ」は総称であるはずだけど、なんだか近頃、「スパゲッティ」と言わずにパスタという名称にしてしまう傾向があるようだ。そういう人々は、「スパゲッティ」という名前を使うことをダサいと感じているのだろうか)
私はイタリアへ行ったことはない。ドイツではしばしばイタリアンの店にも行った。(いかにもイタリアンな顔の人々がやっていた) 肉や魚の料理となると値段が断然違うので、もっぱらスパゲッティかピザだった。そこでスパゲッティがまずいと思ったことはない、いちど、ペペロンチーノの辛さに閉口したことはあるけど。 ヤマザキマリさんの本に、イタリアでクリスピータイプのピザは見たことないと書いてあったけど、私がドイツで見たのはほぼ全部クリスピーだったと思う。もっとも、そうたくさんの店に行ったのでないけど。
『映像の世紀』だったろうか、アメリカの宣伝フィルムで、たぶん、うちの軍隊には世界各国のメンバーがいて、それぞれに適切な品を提供してるんですよ、というアピールなのだろう、そこで挙げていたのは、アメリカ人にはコンビーフ、イギリス人には紅茶、フランス人にはワイン、イタリア人にはスパゲッティ、だった。 (もしロシア人と出てきたらウォッカなのかね、ピロシキのほうが腹がふくれそうだと思うけど。)
イタリアに行く予定などまったくなく、あればいちばんしたいことはエウルの博物館でユリウス=クラウディウス朝の美男美女たちを拝むことであるーーが、もちろん食べ物も欠かせまい。
教会がドイツよりもハデそうだという印象もある(本で見る限りは)。教会見るのも楽しそうだと思う。
王子は戦ってない 10/12/18
DATE: 12/18/2010 05:31:49
PRIMARY CATEGORY: 本
とあるライトノベルで、主人公が『いばらひめ』が大のお気に入りという設定になっていた。同じ姫と王子の話でも、『白雪姫』や『シンデレラ』ではだめ。白雪姫の王子はキスして目覚めさせたからまだマシ、シンデレラの王子なんて家来に探させて待ってるだけなんて最低、その点「いばら姫」の王子は茨と戦って傷つきながら姫を助けたのがステキーーという言い分。
決してその作者に悪意で言うのではないけどツッコミいれたい。
「眠り姫」と言われるメルヘンはいろいろあるし、ペロー版がどう書いてあったのか目下未確認(王子の母が人食いで・・・という後日譚がついてるのは覚えてるけど)。しかし、グリムメルヘンの『いばら姫』に限って言えば、くだんの王子が来たときにたまたま魔法の解ける100年目になっていたから、いばらのほうから道をあけてくれて、王子が苦もなく城に入れた。ぜんぜん、戦ってなどいない。
単に運がよかっただけである、実に理不尽な展開だ。
ついでに言えば、姫が錘に刺されると予言されたからって国じゅうの糸車を没収してしまうという王さまたちもかなりムチャだ、それで食べてた人々はどうするんだ。もとはといえば、皿が足りないとかいうずさんな理由で一人招待しなかったから恨みをかったんだろうに。
そして、『白雪姫』もグリムメルヘンにおいては王子はキスしていない。棺をかついだ従者がよろけたはずみでのどから毒リンゴのかけらがとれて姫が蘇生しただけのこと。 キスにしたのはディズニーアニメの影響と思われる。
最近、文庫新刊を物色していて買った『裁判長!桃太郎は「強盗致傷」です! むかし話を刑法で裁いたら』(永岡書店)でも、勝手にキスした王子が姫に訴えられているので、つくづくディズニー版の浸透の強さを感じる。
いま、白雪姫でこのブログ内検索したけど、このことは書いたことなかったのか?ではもっと言おう。
そもそも、お妃の言う「鏡よ鏡」のセリフで、「世界でいちばん美しい」なんてそこまで大きなことは言ってない、「この国でいちばん美しい女は?」である。そして、舞台としてイメージされた中世にはドイツは300以上の小国に分裂していたのだから、「国」のスケールはたいへん小さい。「国いちばんの美女」といっても、「ミス横浜」、「ミス・フランクフルト」なんていうくらいの感じであろう、決してミスドイツ、ミス日本ではない。お妃の望みは案外ささやかだったのである。
--こういうこと書いた記憶はある、よその掲示板だったのか?
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COMMENT:
AUTHOR: サラ
DATE: 12/18/2010 10:01:00
おはようございます。
興味をそそられる記事です。
ひとつは、「王子様」論として。
ひとつは、「映像の影響」論として。
わたしも、白雪姫といえば、王子様のキス、世界で一番美しいです。
>、つくづくディズニー版の浸透の強さを感じる。
一々、原典を調べる義務はないのですが、後発が裏付けのないまま「創作」を採用していくのが、自分の詳しいジャンルだとヤキモキします。
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COMMENT:
AUTHOR: レーヌス
DATE: 12/18/2010 16:02:40
繰り返されると真実化
さっき録画を見た番組の中でも、ヒトラーが、宣伝の効果というものを主張して、繰り返されるとそれが真実だとひとは思ってしまうと語ってました。確かに、たとえフィクションでも違う作家作品で何度も出てくると錯覚することは私も心当たりはありますね。
姫と王子の役割、戦いの使命、といった話だとまたいろいろと連想はわき、そこでセーラームーンだのウテナだのになりますが、それはおいときます。
いくら浸透していようとも、私は、ディズニー版の白雪姫のあの髪形・ドレスはだ~いきらいです。でも、あれでないと白雪姫のコスプレだと思ってくれないですよね、クレオパトラの黒髪オカッパみたいに。